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なぜヤス=幾子派なのかについての前置きのようなもの

私は「ヤス=幾子説」で物語を解釈したいと思っているのですが、
それは『うみねこのなく頃に』というゲームの物語のメインである
【ベアトリーチェと戦人がゲームで対戦しているシーン】について、ヤスが86年10月に死亡しているならこれらをどう解釈すればいいのかが分からないからです。

ゲーム盤上は2日間だけの時間ですが、上位世界の戦人とベアトの対戦している喫茶室は、それ以上の時間が流れているように見えます。
また、上位世界のベアトと戦人は本気で推理合戦をしているように見えます。
まるで“恋愛”のように、コミュニケーションを積み重ね、お互いを信じ合いゲームをしています。
EP6で、バトラ卿は脳内の相手と会話するこのむなしさを感じ、以前のベアトとの会話を尊く感じているのは、以前は実際に自分ではない誰かと会話していた、本当のコミュニケーションだからこそ。
だからはじめから十八の脳内の会話とは思えないのです。

八城十八という作家は二人組でした。
この2人組、十八と幾子を戦人とベアトとすれば、2人のコミュニケーションは成立します。

そして、幾子は偶然出会った他人ではなく、ベアト本人であったほうが、本編のベアトの回想などがとても自然です。
逆に、6年間離れていた戦人が、メッセージボトルの中身となったものを読み、一日ヤスと会話しただけで、書けるのか?
10月4日以前の譲治と紗音、朱志香と嘉音の馴れ初め。ベアトと紗音の恋の会話。ワルギリアお師匠さまと幼少ベアトの魔法の根源の話。ロノウェの存在。など
それらはベアト本人が書いたする方が自然だと思うのですが。

あと、「幾子がベアトならば、彼女は戦人を囲って悠々自適の執筆生活を送ったことになるが?そんなことないだろ」
とよく言われるのですが、全くその通りだと思います。悠々自適に暮らしているとは思っていません。
幾子=ベアトならば、『うみねこのなく頃に』全編に渡るベアトの心情をそのまま幾子にスライドし、彼女が苦悩の日々を送っていたことは想像に難しくありません。
幾子の動機が、ベアトが戦人にゲームを挑んだ理由なのです。
その中身は追々。
その時にベアト=幾子とした時の矛盾点なども説明できると思います。
できるのか…?



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プロフィール

Author:ことん
おはようございます。
このブログには個人的な解釈・妄想が多分に含まれますが、別解を否定する目的はありません。元より、相違だけで否定出来るはずもありません。
ただ私も魔女になりたい。そのための修行の場なのです。

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